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HOME > 牛乳のおはなし > 歴史の中の牛乳
ルネッサンス後期ベネチア派の画家ティントレット(Jacopo Tintoretto:1518-1594)の作品「銀河の起源」には、ギリシャ神話の英雄でゼウスが人妻に産ませた子供ヘラクレスが誕生したとき、正妻の女神ヘラの母乳を飲ませた場面が描かれています。
ゼウスがヘラクレスに不死の命を与えるため、眠っている家庭の守護神ヘラの母乳を飲ませていたところ、それに気がつき驚いてヘラクレスを押しのけようとして胸がはだける場面です。そのときに飛び出た母乳が空に舞い、白い母乳のしずくは星となって天の川(Milky Way)になったというのが「銀河の起源(The Origin of Milky Way)」のおはなしです。

ミルクは哺乳類や人類が生まれたときに飲む初めての食事で、神からの贈り物です。ヘラクレスはその母乳を飲んだ瞬間、天下一のギリシャ神話の英雄になります。

牛乳が歴史に登場するのは、紀元前3,500年ごろのものと推定されるユーフラテス渓谷近くのウバイドで発見された壁画です。


この壁画には牛乳をしぼる人と牛乳を皿に受ける人の姿が彫られています。2これまでは、これが人類が牛乳を利用していたことを証明するいちばん古い歴史的証拠だとされていました。

ところが、2012年6月20日、サイエンスデイリーとライブサ
イエンスドットコムは、北アフリカのリビアにあるタカルコリ洞窟で、7,000年前は草原だったサハラ(Green Sahara)砂漠に乳牛の壁画を発見したと発表し3、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」は、ブリストル大学のエバーセド教授をはじめとするイタリアやイギリスの国際研究チームが、アフリカ・サハラ北部にあるリビアの考古遺跡タカルコリにある岩窟で発掘された壁画、岩絵、土器の破片を分析した結果、牛乳を加工してつくった乳製品の痕跡も発見されたと発表しました。壁画にはまだら模様の乳牛の乳房が乳でふくらんだ様子が、岩絵には牛乳をしぼる人の姿が描かれています。

また、同研究チームは、当時の食べ物を入れていた陶磁器の破片から採取した食べ物の残骸標本29個を炭素同位元素分析器(つまり植物や動物の組織内に残っているかすかな放射性元素を測定し、植物や動物が生きていた年代を推測する方法)を使って成分を分析しましたが、その結果、発掘された土器の半数以上から乳製品に入っている脂肪酸が確認され、当時も乳製品が食べられていたという事実が明らかにされました。

旧約聖書でも、カナンは「乳と蜜が流れる場所」と記述されてお

り、また牛乳についても数多く言及されています。紀元前600年ごろに記録されたインドのベダ(Veda)経典には、釈迦尊が、道を悟りナイランジャナ川近くの菩提樹の下で禅定に入ったとき、ウルヴェーラ村の村長の娘スジャータが供養した牛乳と蜜で作ったお粥を食べて元気になったという記録が残っています。

古代エジプト、ギリシャ、ローマでも、牛乳やチーズ、バターが高級食材として広く使われていたという記録が数多く残っています。

日本では、飛鳥時代に百済の帰化人・福常が孝徳天皇に牛乳を加工した祖を献上したという平安時代初期の文献記録が残っています。(日本酪農中央会)

韓国で牛を家畜として飼育し、食用やお供え物として利用していたという歴史は檀君朝鮮以前とされており、牛乳を利用していたという具体的な記録としては、1285年頃に一然が書いた「三国遺事」に農畜乳製品を意味する酪という単語が使われていることからみて、三国時代にこの地で牛乳が飲用されていたことが分かります。

「高麗史」99巻「列伝」12では、詩人・李純佑が上告した記録の中に、牛乳を薬用として利用していたことと、医官が農民の乳牛を徴発して牛乳粥を作り、そのため慶畿地方で農業に使われていた牛でさえ傷つけているため、これを禁じてほしいという事柄が書かれています。高麗時代には乳牛所または牧牛所が置かれ、朝鮮時代にはそれが駝酪色に改名されました。

朝鮮純祖のときの学者洪錫謨が書いた歳時風俗書の「東国歳時記」には牛乳を食品にして王や臣下に献上したという内容があり、また仏典「涅槃経聖行品」には牛乳を患者に飲ませるようにしたという内容が書かれています。世宗の時代に「乳牛所」の規模が大きくなると、その弊害をふせごうと乳牛所は廃止され、また肅宗の時代にはどんなに地位が高くても、王が特別に授けた洛粥(牛乳粥)以外には食べられないようになり、洛粥(牛乳粥)は保養食として王や一部の両班階級にしか食べられない料理になりました。

そのため牛乳は大衆化されませんでしたが、1902年の旧韓末、農産工夫技師として勤務していたフランスのShortがホルスタイン種の乳牛を初めて韓国に輸入し、ようやく韓国でも本格的に牛乳が飲める時代が開かれました。

医学の父ヒポクラテスは牛乳を完全食品と呼び、またソロモン王は「そなたの食べ物に、そなたの家族の食べ物に、そなたの妻の食べ物に牛乳を用意しなさい」と言いました。イギリスの首相チャーチルは、未来へのいちばんの投資はこどもに牛乳をたくさん飲ませることだと言いました。

歴史的にみて、乳牛を育てて乳をしぼって飲む民族は、世界三大文明の発祥地と重なります。牛乳と乳製品を主食とし、世界を征服して文明を発展させた民族は、牛乳と乳製品をたくさん消費しています。

牛乳は、創造論でも進化論でも、人類の誕生のはじまりとともに今日まで、食品の中でも安定性の歴史的検証と栄養から最高の食品であることは間違いない事実です。